ELM第4章「感情とうまくつきあおう」。開催しました
のんびりまったりと、
ELM第4章、開催しました。
いつものごとく、
広い公園で。
いつものごとく、快晴
!!ヽ(´▽`)/
ホント、私たち、お天気には恵まれていて、
今回も、ぽかぽか陽気で見事なくらいの秋晴れ。
サッカーチームの練習や、のどかな風景を眺めながら、
おしゃべりに花が咲きました(^-^)。
この日はたまたま、テーブルのある東屋が空いていなかったので、
テーブルなしの屋根と椅子だけの東屋で開催してみました。
テーブルなしでも、どうにか行けることが分かった!
テーブル有った方がやりやすいけれど、無くても大丈夫って分かったから、
開催場所の選択肢も、もっと拡げてもいいかも(^-^)だし、
ここで、テーブルのあるところが空いていなくても
大丈夫って分かったから、安心^^。
選択肢がたくさんあるって、嬉しいね~(^-^)。
**
さてさて4章は、
「感情とうまくつきあおう」の章。
主に、「怒り」について取り上げる章でした。
ほんと、心理学の講座は、
今、自分が直面している実生活の状況によって、
見えるもの、感じるものが、
違ってくるね~。
いろんな所で、いろんな集まりで
いろんな段階で、
「私メッセージ(=Iメッセージ)」については、
私は何度も何度も学んできたけれど、
毎回、
見えるモノが違う。
今回、私が見えたものは、
先日の自分の実生活に沿って、
とても衝撃的なものだった。
嬉しい、楽しい、好きといったプラスの気持ちだけでなく、
悲しい、怖い、嫌いといったマイナスの気持ち。
これも、否定しなくていい、
認めてあげるんだよ、ってことを、
頭ではずっと知っていたけれど、
それを、すとんと自分の体に落とす体験が、
ちょうど先日あった。
私は、「嫌い」とか、「嫌だ」という気持ちを、
伝えたり、認めたり、することに、
どこかどうしても、まだ、抵抗があったみたい。
頭では理解しているつもりでも、どこかまだ曇りがあった。
それをぶち破ってくれた体験。
そこから私が感じたのは、
「嫌われる」ってことは、「その人の価値が無い」というわけではない。
ってこと。
学生時代を思い出した。
あの頃、「嫌われる」というのはとても怖いことだと思っていた。
あの頃、「人から嫌われる」=「その人の価値が無い」ってことの証明のように思っていたなぁ。
だから、
「友達が居ない人」だと「人から」思われるのが、とても怖いと思っていて、
そうならないよう、そうならないように、
細心の注意を払っていたなぁ。
「嫌い」だという感情は、
良いでも悪いでも、その人の価値をどうこうするものでも、
なんでもなくて、
自然に発生する感情。ただ、それだけなんだなぁ、って
思った。
「怒り」も一緒。
だから、「嫌っている」人を、好きにさせようと努力するのも、
「怒っている」人を、怒らないように努力するのも、
「相手の感情を認めていない、受け入れていない」
というだけ。
これ、認めてしまっていいんだ。
マイナスの感情、気持ち、
認めたからと言って、何かの価値が上がったり下がったりするわけでもなんでもない。
嫌われている=その人が優れていない というわけではない
なんか、よく見ると当たり前のことのようにも見えるけれど(笑)、
それが、今更分かった気がする!ヽ(´▽`)/。
ストンと来た気がする。
学校とは、クラス全員が全員のことを好きで、
全員が仲が良いもの、
なんてことは無くて(笑)。
でも、私はそういうもんだとどこか思っていた節があったかも!(笑)。
嫌っていても、根底には愛がある。
「嫌い」や「怒り」の奥底には、見えないかもしれないけれど、
恐れや、心配や、不安があるだけで、
その恐れや心配や不安って、
結局、「愛」につながっているんだよね。
だから、
大丈夫。
「嫌い」や「怒り」も、「悪党」ではなかった!(≧w≦)。
***
そ~んな感じのことを
司会をしながら気づきました。
テキストに書いてあるわけじゃなくって、
私が勝手にそう感じた。
心理学の講座の醍醐味は、
講座の中、テキストの中を飛び出した所にあるね。
今まで、字面で頭で考えていたことが、
実生活と結びついたとき、
それはものすごい稲妻のような衝撃が走る。
今まで気がついていなかったけれど、
あのときのあれは、こういうことか!という発見もたくさんある。
特に心理学を勉強しているわけではない人なのに、
この人も、あの人も、
これ実践していたじゃん!!すげーや!!っていう発見がざくざくと出てくる。
「素」で実践している人。
天然アドラーみたいな人。
実は周りにわんさか居たことに気づいて、感動したり。
自分が気づいていなかっただけなんだなぁ。
そんなこんなの発見が楽しすぎて、
心理学の学習がやめられない私なのです(≧w≦)。
講座に来てくれる人が居て、
講座ができて、
ありがたいなぁ~って、思う。
ぴったりな同志とは、
ぴったりなタイミングで、
出会えるようになっているのかね。
全てがちょうどいいように、回るように、
できている(^-^)。
全てに意味がある。
つながって、意味のある人としか
つながらないようになっているし、
意味のある人とは、
無理をしなくてもぴたっと自然につながるようになっている。
きっとそれは、物事も一緒なのかもな。
そんな風に感じた一日でした。
後から感じるこのジワジワが、楽しい!!ヽ(´▽`)/
ELM第4章、開催しました。
いつものごとく、
広い公園で。
いつものごとく、快晴

ホント、私たち、お天気には恵まれていて、
今回も、ぽかぽか陽気で見事なくらいの秋晴れ。
サッカーチームの練習や、のどかな風景を眺めながら、
おしゃべりに花が咲きました(^-^)。
この日はたまたま、テーブルのある東屋が空いていなかったので、
テーブルなしの屋根と椅子だけの東屋で開催してみました。
テーブルなしでも、どうにか行けることが分かった!
テーブル有った方がやりやすいけれど、無くても大丈夫って分かったから、
開催場所の選択肢も、もっと拡げてもいいかも(^-^)だし、
ここで、テーブルのあるところが空いていなくても
大丈夫って分かったから、安心^^。
選択肢がたくさんあるって、嬉しいね~(^-^)。
**
さてさて4章は、
「感情とうまくつきあおう」の章。
主に、「怒り」について取り上げる章でした。
ほんと、心理学の講座は、
今、自分が直面している実生活の状況によって、
見えるもの、感じるものが、
違ってくるね~。
いろんな所で、いろんな集まりで
いろんな段階で、
「私メッセージ(=Iメッセージ)」については、
私は何度も何度も学んできたけれど、
毎回、
見えるモノが違う。
今回、私が見えたものは、
先日の自分の実生活に沿って、
とても衝撃的なものだった。
嬉しい、楽しい、好きといったプラスの気持ちだけでなく、
悲しい、怖い、嫌いといったマイナスの気持ち。
これも、否定しなくていい、
認めてあげるんだよ、ってことを、
頭ではずっと知っていたけれど、
それを、すとんと自分の体に落とす体験が、
ちょうど先日あった。
私は、「嫌い」とか、「嫌だ」という気持ちを、
伝えたり、認めたり、することに、
どこかどうしても、まだ、抵抗があったみたい。
頭では理解しているつもりでも、どこかまだ曇りがあった。
それをぶち破ってくれた体験。
そこから私が感じたのは、
「嫌われる」ってことは、「その人の価値が無い」というわけではない。
ってこと。
学生時代を思い出した。
あの頃、「嫌われる」というのはとても怖いことだと思っていた。
あの頃、「人から嫌われる」=「その人の価値が無い」ってことの証明のように思っていたなぁ。
だから、
「友達が居ない人」だと「人から」思われるのが、とても怖いと思っていて、
そうならないよう、そうならないように、
細心の注意を払っていたなぁ。
「嫌い」だという感情は、
良いでも悪いでも、その人の価値をどうこうするものでも、
なんでもなくて、
自然に発生する感情。ただ、それだけなんだなぁ、って
思った。
「怒り」も一緒。
だから、「嫌っている」人を、好きにさせようと努力するのも、
「怒っている」人を、怒らないように努力するのも、
「相手の感情を認めていない、受け入れていない」
というだけ。
これ、認めてしまっていいんだ。
マイナスの感情、気持ち、
認めたからと言って、何かの価値が上がったり下がったりするわけでもなんでもない。
嫌われている=その人が優れていない というわけではない
なんか、よく見ると当たり前のことのようにも見えるけれど(笑)、
それが、今更分かった気がする!ヽ(´▽`)/。
ストンと来た気がする。
学校とは、クラス全員が全員のことを好きで、
全員が仲が良いもの、
なんてことは無くて(笑)。
でも、私はそういうもんだとどこか思っていた節があったかも!(笑)。
嫌っていても、根底には愛がある。
「嫌い」や「怒り」の奥底には、見えないかもしれないけれど、
恐れや、心配や、不安があるだけで、
その恐れや心配や不安って、
結局、「愛」につながっているんだよね。
だから、
大丈夫。
「嫌い」や「怒り」も、「悪党」ではなかった!(≧w≦)。
***
そ~んな感じのことを
司会をしながら気づきました。
テキストに書いてあるわけじゃなくって、
私が勝手にそう感じた。
心理学の講座の醍醐味は、
講座の中、テキストの中を飛び出した所にあるね。
今まで、字面で頭で考えていたことが、
実生活と結びついたとき、
それはものすごい稲妻のような衝撃が走る。
今まで気がついていなかったけれど、
あのときのあれは、こういうことか!という発見もたくさんある。
特に心理学を勉強しているわけではない人なのに、
この人も、あの人も、
これ実践していたじゃん!!すげーや!!っていう発見がざくざくと出てくる。
「素」で実践している人。
天然アドラーみたいな人。
実は周りにわんさか居たことに気づいて、感動したり。
自分が気づいていなかっただけなんだなぁ。
そんなこんなの発見が楽しすぎて、
心理学の学習がやめられない私なのです(≧w≦)。
講座に来てくれる人が居て、
講座ができて、
ありがたいなぁ~って、思う。
ぴったりな同志とは、
ぴったりなタイミングで、
出会えるようになっているのかね。
全てがちょうどいいように、回るように、
できている(^-^)。
全てに意味がある。
つながって、意味のある人としか
つながらないようになっているし、
意味のある人とは、
無理をしなくてもぴたっと自然につながるようになっている。
きっとそれは、物事も一緒なのかもな。
そんな風に感じた一日でした。
後から感じるこのジワジワが、楽しい!!ヽ(´▽`)/
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